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日本人移民というリアリティ [ブラジル]


10/11|30日目
ひとり旅で行く 52日間ぶらり南米旅行記

10/11|30日目

8時半ごろ目覚める。シャワーを浴びてチェックアウトの時間を確認しに荒木のおばさんのところへ。今夜21時のバスでカンポ・グランジ Campo Grande へ向かう旨伝える。名物のコーヒーをブラックで1杯、更に甘いのをもう1杯。日系新聞は中日優勝を報じている。今日は誰かに再会しそうだなという予感が現れては消える。朝食を買って宿へ戻る。

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photo by © HOSOI Toshiya

テレビ室にノートパソコンを持ち込み、ブログ用の文章と写真選びをしようと思うのだがすぐにタカユキ、ヒカルにつかまる。小学校を1年休学して世界一周をされているご家族の元気印の小学生。ワイヤレスマウスに興味津々の2人。オレも2人と喋りたかったのでちょうど良かった。今までにまわった国を数十カ国、ソラで唱える2人。メキシコをメヒコと発音するあたりがステキです。30~40分、会話を楽しむ。そろそろ勉強の時間よ、とお母さんに諭され、渋々部屋へ戻る2人がカワイイ。タカユキとヒカルはこれから父ちゃん母ちゃんを先生に勉強です。なんだか、素晴らしいなぁ。
タカユキとヒカルが勉強している間、こちらも集中して作業。文章書いたり荷造りしたりで正午、ご家族に別れのご挨拶。8畳ほどの部屋で頭を突き合わせて勉強中の4人家族、「もう行っちゃうの~?」と2人。じゃあね、良い旅を!

チェックアウトをして荒木のおばさんに荷物を預ける。バスの時間まで今日はイビラプエラ公園とブラジル日本移民資料館を廻る予定。宿を出てセー広場へ向かって歩いているとばったりヒロミさんに遭遇。偶然の再会を喜び合い、アマゾン河からのその後を話し合う。互いに握手を繰り返し、笑顔で別れる。
あとからこの旅を振り返って「あの時ああすれば良かった」なんてことはたくさんたくさんあるけれどヒロミさんに住所を尋ねなかったことはそういった後悔の中のひとつだ。アマゾンロッジからの帰り道、夕闇に塗りつぶされた船の中で伺ったお話。だんだんと忘れゆく日本語。もう日本に戻ることはないだろうなと語っていたヒロミさんと文通がしたかった。

「ドイスブロック、キー!ドイスブロック、キー!」セー広場でバス停の場所を尋ねるとおっちゃんのノリの良い返事。2ブロックごとに2回左折するとバスを発見、オリャッと乗り込む。
イビラプエラ公園 Parque do Ibirapuera は日本でいう代々木公園のようなもの、かな。ベレンまでの船中で出会ったアーティストが近代美術館で展示をしていると言っていたので来てみたのですがものすごい展示数。この感じは美術大学の卒業展を思わせます。

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photo by © HOSOI Toshiya

すべてを見てまわりヘトヘトになる。腹を下してNo.2。タクシーで一番近くの地下鉄駅に連れて行ってもらい急いでリベルダージへ。ペンソン荒木の並びに位置するブラジル日本移民資料館 Museu Histórico da Imigraçao Japonesa no Brasil に入館時間ギリギリで滑り込む。タイミング良く数名のツアー客がいて展示品の解説が聞こえる。その解説を耳にしながら展示物を興味深く眺める。

  • 国から土地や家を保障され、一念発起して家財を処分しブラジルまでの船賃を作ったはいいけれど来てみたら土地も家も何も用意がされていなかったということ。
  • 本当に何もないところから創意工夫を凝らし、大自然や猛獣と闘いながらあらゆるものを作り上げたこと。(まるで弥生時代のような暮らしぶり)
  • 解説をされていた中年女性の方も赤ん坊の時に訪れ、あてがわれた土地はジャングルの中。病院のある町まで行くのに1日以上かかる土地であったためご両親がそこを見限り、着の身着のままでサン・パウロに戻ったとのこと。
  • 第二次世界大戦時、収容所に送られた移民達の不遇、その後の名誉回復。
  • 戦後、日本の負けを信じることのできない人々が負けという事実を受け入れた人々を殺害したこと。(少し前に<勝ち組・負け組>なんて言葉が流行っていましたが本来はこの哀しい争いが語源)

とても見ごたえのある展示の数々、殊に戦後の名誉回復、勝ち組・負け組の話は目頭が熱くなる内容。そんなこんなでツアー客が退館しても展示品に見入っていたら館内の電源を落とされた。ゲストノートにひと言記す。ふと前ページを見るとタカユキとヒカルの言葉も綴られている。素晴らしい課外授業だ。

移民資料館を出るとあたりは夕方。ネットカフェでいくつかブログを更新。宿の前の飲み屋でX-SARADAとスッコヂラランジャ、セルヴェージャ。ビールですっかり顔を赤くして、荒木のおばさんにご挨拶。お世話になりました!重い荷物を背負いメトロでバハ・フンダ Barra Funda 長距離バスターミナルへ。サンパウロの地下鉄も今日で最後。都市部では高校時代の同級生アンドレイをついつい探してしまう自分がいた。ひょっとしたら会えるかもなんて思いを密かに持って旅していましたがやっぱ会えないね、そりゃそうだ。ターミナルでバスを小一時間ほど待ち、乗り込む。ボロバスだけれど冷房はそれほどきつくない。夕食はパンで軽く済ませ、眠りに就く。

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posted by: トシ★細井

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