HOME南米の南米旅行バス555/黒人密教カンドンブレーの夜 [ブラジル]

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バス555/黒人密教カンドンブレーの夜 [ブラジル]


10/5|24日目
ひとり旅で行く 52日間ぶらり南米旅行記

10/5|24日目

朝食後、宿のトイレに籠もっているとけたたましいドラムラインが鳴り響く。凄まじい爆音。何か面白いことやってるぞ、と尻も拭かずに下を覗き見ると真っ赤な揃いのTシャツに身を包んだ子供たちがドラムロールを鳴り響かせる。見れば宿の向かいの建物にペンキでエスコーラ・ドラム・ナンチャラとの文字。エスコーラ・ジ・サンバは地域のサンバ隊なので、その楽隊版のようなものだろう。その爆音、近所の人々の暖かい眼差し。土地に根ざしたドラムラインに身を委ね、しばし時を忘れる。

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photo by © HOSOI Toshiya

日本から持ってきた現金、TCが完全に尽きたのでATMへ。国際キャッシュカードを作り忘れたのでこれからはクレジットカードでお金を借りる形に。650ヘアイスを引き出した時の何ともいえない安心感。お金が尽きている間、観光客は観光客でなくなってしまう。

宿で週末のフッチポの日程を調べる。明日リオへ出発すればマラカナン・スタジアムでの試合に間に合いそうなのでバスチケットを買いにロドビアリオ(長距離バスターミナル)へ向かうことにする。
ロドビアリオまでの道のりは市バスで1時間もかかる。ガイドブックを見る限りだとどう見ても直線距離4kmもないと思うのだが海岸線を遠回りしまくり。大型ショッピングセンターでバスを降り、うだるような熱射の中ロドビアリオまで歩く。明朝9時30分発のリオ・デ・ジャネイロ行きのチケットを購入。

バーハ海岸 Praía da Barra 経由の乗り場を見つけ出しバスを待っていると、背骨がブリッジした状態でひん曲がり、汚れた両膝と両掌を交互に動かして歩く若者が突然現れ、ギョッとする。自分のひざ下ぐらいの高さを仰向けに滑るように移動してゆく。インドでの経験から、お金を無心されると反射的に思い身を引いてしまったのですが、その若者は素知らぬ顔で到着したばかりのバスに向かってゆく。歩道から車道へ、バスの段差も器用に登ってゆく単なる乗客だ。薄々感づいていたのですがサルバドールではこういった人々をホントによく見かける。
バスに乗り込んで少しするとパンパンになったスーパーの買い物袋を6袋も抱えた主婦が乗り込んでくる。手荷物が多いのでなかなかバスに乗ることができない。すると一番前の席に座っていた両手とも手首から先の部分がないおっちゃんが「しょうがねぇなぁ!」と言いながら、両ひじに袋をかけて次々と荷物をバス内に運ぶ。若干嬉しそう。
バス停留所で外に目をやると、両足の萎んだ男性が手の平にビーチサンダルを履かせて這っていたかと思うと、売店の前で店主とハイタッチ。暑い日差しの中、慣れたバランス感覚で旨そうにジュースを飲み干している。
片足を引きづった老婆が彼女のペースでゆっくりとバスを降りるとすぐに片足のないお爺さんがバスに乗り込んでくる。

チョコバー売りの若者が乗り込んでくる。全員に新商品のチョコバーを握らせると彼のショータイム。びっくりするくらい大きな声でラップのように商品名と宣伝文句を連呼し、「どうだ!買うか!?」とキメる。若者は商品を回収しつつ何人かの購入希望者と小銭のやり取り。
彼がバスを降りてすぐに今度は中年を当に迎えたオヤジが何の工夫もない売り方で別のチョコバーを勧める。そんなテンションじゃ誰も買わないよー、明らかにこのオヤジの分が悪い。
客の冷たい反応にオヤジが内心「え~」と肩を落ち込ませていると、今度は少し様子のおかしい夫婦がバスに乗り込んでくる。小太りで40ぐらいの男は運転手に一言二言声を掛けるとバス賃を払わずに車内へ。奥さんは吊革に手を掛けると青白い横顔だけをこちら側に外を眺めるでもなく眺めている。男はバス内の様子を少し見回した後、バス中央に立って独白を始める。ポルトガル語の早口なので聞き取れる単語は皆無なんだけれども、なぜだろう、意味が伝わってくる。
彼の奥さんが何かしらの病気で薬が必要なのだろう。そのカンパをお願いしますという内容だと思う。男は必死に何かを訴えると車内を回って、何名かの客から小銭や数枚の紙幣を受け取る。その時に乗客から声を掛けられると顔をクシャッと歪める。チョコバー売りのオヤジもポケットの中のコインを数枚差し出す。男は車内の皆に御礼を言うが最後は嗚咽で言葉にならない。そんな男に遅れて数人が更に紙幣やコインを渡す。次の停留所で夫婦は肩を寄せ合ってバスを降りる。

何なんだろう、このバスは。
ブラジル行きを決めた晩、オレを不眠に落とし込んだ映画の1本に「バス174」がある。2000年にリオで起きたバスジャック事件のドキュメンタリー。街の中心部174系路線で起きたバスジャックをメディアが一部始終中継したという事件でたまたま犯人は警察官によるストリートチルドレン虐殺事件の生き残りだったという内容。
バーハ海岸最寄の停留所に着き、バスを降りる。立ち去るバスを改めて眺め入ると行き先の横には「555」の表示。
「バス174」の話を出したのは別に自分が市民の足である市バスというものを恐れていたということを言いたいわけではないんです。ただこのバスを降りたときから自分にとってのブラジルの市バスとは100%このバスになった。高々小一時間の間に魔法のように次々起こる出来事、人々の豊かな表情を思い出しじわじわと感情が昂ぶってくる。不思議な体験だ。

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photo by © HOSOI Toshiya

今にも雨が降り出しそうな空模様。内陸のバス停から海岸線へ向けてレコード店に立ち寄りつつ商店街を抜ける。遠くに海に突き出した丘があり、そこを目指してのんびり歩く。海岸線をジョギングするローカルのリッチピープル、サーフィンをするタトゥーだらけの若者たち、観光客。缶ビールを飲んでいると急にパラパラと雨が降り出す。雨を遮る場所を探しまわる人々をよそにサーファー達はどこ吹く風だ。
弱まった雨の中、丘の突端にある白いキリスト像の足元に立つ。話しかけてきてはヘラヘラと笑っている明らかにらりった若者以外誰もいない。大西洋を臨むバーハ要塞が少し先に見えたのでまた歩き始める。

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photo by © HOSOI Toshiya

バーハ要塞は景色が良い、それだけの場所。そこから市バスに乗り込みセントロへ向かう。渋滞で1時間近くかかる。今夜は黒人密教カンドンブレーを見に行く。時間まで少しあるのでイカレタ感じの床屋へ向かう。酔っ払ったオランダ人の若者、サルバドールに住み着いてしまったフランス人、酔っ払ってはいないがひどく陽気な店主達が大騒ぎをしている床屋。待ち時間の間床屋のオッサンが「ユカリちゃんを知っているか?」と聞いてくる。写真を数枚見るとカーニバルの衣装に身を包み胸を露わにした日本人女性がブラジリアンに囲まれて写真に納まっている。おうおう、そういえば読んだ、村上龍のエッセイか何かで。サルバドールのサンバ大会で優勝した女の子だね。すごいなー、なんかアイコン化しちゃってます。
そんなわけで順番が回ってきて坊主頭にしてもらう。床屋のおっちゃんはバリカンの3mmのアタッチメントを装着すると「No.1!」と大声を上げる。6mmのアタッチメントはNo.2ということ。ハサミで襟足などをカットしてもらう時は首を切られるんじゃないかとドキドキした。

シャワーを浴びてピックアップを待つ。6時ピッタリに知的な雰囲気を醸し出した40半ばのひょろっとしたオッサンが現れる。彼、アンディはオレを一瞥すると「短パンを長ズボンに履き替えてくれ、カメラは持ってこないで」。この言葉に一気に期待が高まる。観光客向けのショーじゃつまらないからね。
カンドンブレー Candomblé 。ガイドブックには

ポルトガル植民地時代にアフリカから奴隷として連れて来られた黒人達の間で生まれた宗教。キリスト教に改宗される中で、特に西アフリカの宗教の影響を受けて独自に発展してきた

とある。今晩は打楽器と踊りによるカンドンブレーの儀式を見に行く。ジャンクフード食べ過ぎって感じのコロンビア娘2人と合流し車で街を離れる。

車で30分ほどの郊外の町へ。車を降りるとまずその雰囲気に呑まれる。急斜面にバラックが立ち並ぶ明らかに貧しい地区だ。道路はツギハギだらけの舗装で道端で高校生ぐらいの若者達がドミノで賭けゲームをしている。そこから斜面に貼り付いた幅1メートルもない道をジグザグに下りちょっとした町の集会場といった趣きの粗末なコンクリ張りの建物へ。中には先客のイタリア人カップルがいたのだが男と女の席を別にさせられる。白く塗られた20畳ほどの建物の中には四方の壁に神様の絵が拙いタッチで描かれている。キリストなんだろうけどキリストに見えない何かがミックスされている。
少し遅れてイタリア人のおばさまグループが2組。全員揃ったところでアンディが説明を始める。説明はスペイン語とイタリア語、最後に英語。人数構成上英語は掻い摘んだ内容になってしまうよ、とアンディに言われる。いいよ、良くわからないから。ちなみにイタリア語とポルトガル語は文法や単語がほぼ同じでいくつかの単語を覚えてしまえばコミュニケーション上なんら問題ないそうです。実際にブラジルはイタリア人の観光客がめちゃくちゃいる。
せむしの黒人女性がポルトガル語でたっぷり30分説明を始めるが、その話を聞いているうちに脈絡なく儀式が始まったようだ。

白い衣装に身を包んだ3人の黒人女性。お経を唱えながら四方に塩盛りされた火薬にボッと火をつける。聖水を振りかけ、煙を振りかける。床に腹ばいになったかと思ったら踊りだす。暗がりの中の階段を着実に下りていくようにトランスしてゆくせむしの黒人女性。長と思われる黒人女性を中心に、場を清め、その場に同化してゆく。陶酔している人々を見るのは飽きない。思ったより長い時間が過ぎているはずなのだが普段見たことがない人間の動き、奇声などを聞くことで自分自身の時間感覚も伸びたり縮んだりし始める。数人の男の子達が現れスルド Surdo を叩き始める。地域の子供たちなのだろう。17歳ぐらいの年長者が小学生の子たちに太鼓を叩いてみせる。緊迫した空気が太鼓が鳴り響くことで溶解しその場のすべての人間がリズムに身を委ねる。大小のスルド、金属、木製の2種類のアゴゴ。数人の女性、上半身裸の男性も踊りに加わる。女性だらけの中男一人。その黒人男性の体はほっそりとした不思議な骨格。人間的な柔らかい表情も徐々に奇声と苦しそうな表情に変わる。大ざるに盛ったポップコーンを運んだ女性が現れる。無防備でなんとなく眺めているとそのポップコーンを一掴み、その黒人男性に投げつける。投げつけられ、マタツは今までにない奇声を上げる。ギエェーィ!
ヤバイ!ツボだ!笑いが込みあげる。ポップコーンを黒人女性にも投げるのだが、マタツに投げるとギエェーィ!ェイ!完全にツボで笑いが込みあげ、苦しいのだけれどギリギリで耐えられる。見ちゃいけない!でも見ちゃう。噴き出してしまうと思うのだがギリギリで耐えられるこの感覚、何だか久しぶり。完全に自分の世界に入り、マタツ観察に没頭している。ふと目を上げるとイタリア娘がニッコリと笑いかけてくる。きっと彼女にもツボだったんだ。
ひと段落し、アンディが長に礼を言う。アンディもカンドンブレーを信仰しているようだ。太鼓が始まり、アンディも踊りだす。人はどんどんと増える。家事を終えたオカミサンたちが「お、やってるやってる」と顔を出し、数分後には奇声を上げてトリップ。男性はツアー客と同じように壁に腰掛け、男の子達は外から覗き込んでいる。細身の中学生ぐらいの女の子、彼女は従者。奇声を上げて倒れこみ、ひきつけを起こす女性を助け起こし、紐で襷がけのように縛り上げる。ボカで感じたとき以来のサブイボ。何人もの女性が昏睡状態となり横になるが次から次へと人が加わる。ぐるぐる回るアフリカの宗教だ。盆踊りみたいだ。
気付け薬として先が直径5cmぐらいのコーン型の葉巻を吸い始める。窓は開かれているが女性達が一斉に吸い始めるので観光客の何人かは耐え切れずに部屋を出て行ってしまう。それを見てスルドを叩く若者が不敵に笑う。軽く3時間以上は経っている。アンディは儀式に陶酔し、ツアー客の間に戸惑った空気が流れる。つまり本物だということ。彼らの儀式をたまたま覗かせて貰っているだけ。祭りは続く。
踊りは徐々に激しくなり、受身もなしに無防備に倒れこむ女性を自分や町の男性が両腕で支える。そのまま体を休める女性もいる。せむしの女性はエネルギッシュで休まない。倒れこんでも起き上がり輪の中に飛び込む。マタツは休もうとするとすぐに連れ込まれ、苦笑いを浮かべている。しかし輪に加わると一番良い動きと奇声を上げる。部屋中モクモクと煙り、奇声が聞こえリズムは延々と続く。オレは煙を深く肺の中まで吸い込む。肺に溜め込んで吐き出す。
気付けば40人ぐらいの地域の人々。ツアー客が2人しかいなくなり、いよいよこのコミュニティの異物になってゆく。ひんやりと気持ちいい気分だ。マタツの足元を見ると両足の甲中央部分から中指が生えている。先ほど昏睡していた16歳ぐらいの女性の足の甲からも中指が生えていた。あぁ~オレも輪に加わりたい。そんな欲望に駆られる。踊り続ける人々を眺め目を閉じる。煙が美味しい。アンディに呼ばれ外に出る。

もう11時を裕に過ぎていた。みんな何かが抜け落ちたような顔をしている。甘酒のようなお酒を配られ、アンディはツアー客にカンドンブレーの背景を熱心に伝えている。甘酒は飲めたものじゃなかった。
車のある場所へぞろぞろと戻る。斜面から盆地に広がる街並みを眺めると灯りがチカチカと遠くに見える。ドミノの賭けゲームはまだ続いている。到着したときはおっかなく感じた若者たちも完全に呑み込まれた今では人懐かしく感じる。

アンディは車の手配も忘れ、イタリアのおばさまたちに儀式の意味を熱心に伝えている。これは未だ観光客向けにパッケージ化されていない一種の布教活動だ。街中でやっているカポエィラにはそういった凄みのようなものは感じられなかった。アンディの熱が冷めるまでイタリア娘と話したり地元の若者のゲームを覗き込んだりして過ごす。

車が足りなくなり、その場に最後まで残って、アンディとタクシーで帰る。途中タクシー内で異常な雰囲気を感じる。道の両側で怒れる若者達が対峙し、投石や怒号が飛び交う。ワォ!
セントロに入ってタクシーを降りる。アンディが英語でカンドンブレーの解説を続けている。カンドンブレーの儀式は毎日どこかしらの地域で行われており、ツアー客を連れて行く場所はその日ごとにまちまちなのだそう。それはそうだ。こんなにエネルギッシュな地域イベントは日本の感覚だと4ヶ月に一度も行われないだろう。

宿はすでに閉まっている。管理人に開けてもらい、アンディに礼を伝える。ロビーに人影はなく、端正な顔立ちの坊主の女性がハンモックに横になって読書をしている。自分もハンモックに横になり、ビールを飲みながら今日という日の断片をノートに書き付ける。ひと通り書き終えるとようやく気持ちも落ち着いてきた。

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posted by: トシ★細井

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